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日帰り旅行〜スーサ前編〜


タクシー

 スーサは前に来たことがあるので、気が楽だった。来たと言っても、そのときは金曜日で見事に何も見れなかったので、観光としては初めてだったんだけど。

 まず最初にタクシーを捕まえて、市街地へ出る。昼時だからまずは腹ごしらえだ。
 スーサのタクシーは2種類ある。黄色いタクシーと、それに青いラインの入ったものだ。前者は普通のタクシーで、後者は相乗り用。同じ方向に行く人がごそっと詰め込んで乗り、確か350ミリームを払ったと思う。
 でも今回は4人いるので、普通のタクシーだ。テュニスのタクシーは絶対に3人までしか乗せてくれないが、スーサはそんなけちくさいことは言わない。大体、相乗りタクシーなんか、助手席にまで二人乗せることもあるくらいだ。

 乗り込んだら、目の前を過ぎていったタクシーのガラスに、「radio taxi」と書いて電話番号が書いてあるのが目に入ってきた。「らじおたくしー?」なんだそりゃ? みんなで「なんだろ?」と言い合いした後で、気になるから運ちゃんに訊いてみた。「アロータクシーだよ」とあっさり言われた。「ああ、アロータクシーと同じなの?」。Allo Taxiとは、電話で呼びつけるタクシーのことだ。呼びつけたときから値段が嵩むので、そのタクシーがどこにいるかによって偉い金額を払わされる。テュニスではアロータクシーというのに、こっちじゃラジオタクシーになるんだ・・・へぇぇ。妙に感心して、タクシーを降りた。

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昼食

 近くだったから、ついでにツーリストオフィスに顔を出して、地図をもらってきた。ガイドブックを持ってれば、意味があるもんじゃないけど、まあ記念に。ツーリストオフィスの裏の、大衆食堂に行った。そこは前にも行ったことがあって、味は普通で、値段も普通。普通のテュニジア料理が出る。けど、同伴者があんまりテュニジア料理を食べたことがないというので、そこにした。

 今日のメニューは、クスクス、クーシャ、ルービエ、カンムニーヤ、マカローナ、ダジャージャ(鶏)、ホート(魚)だ。迷ってたら、店のおっちゃんが「みんなで一品ずつ頼んだらいいじゃないか。これとこれとこれと・・」とウインドウの中のものを順番に指さした。結局おっちゃんが言ったとおりのメニューになり「ほら。俺の言ったとおりじゃないか。ぴったしだろ」と言われてしまった。
 何を頼んだかというと、一人はやたらと大きな鶏肉の乗っかったマカローナ(スパゲティ)、一人はクーシャ、一人はルービエ、私はクスクス。マカローナ以外はみんな羊肉だ。簡単に言うと、クーシャはジャガイモが基調、ルービエは、ルービエっていう大豆みたいな豆が入ってて、クスクスはセモリナ粉を使った一種のパスタ料理。そしてどれもこれもが辛い、のだ。クーシャとルービエは煮込み料理だから、赤いソースにパンを付けて食べる。
 クスクスの上には、肉とジャガイモと人参とカブと辛ピーマンが乗ってた。みんなのお皿を見ると、やっぱし辛ピーマンだけ避けてある。「これ食べたことある?」と訊いてみると、「一回食べてそれっきり」とぷるぷる首を振られた。「ピーマンは買ってません」って続けられ、「あれ? じゃあ普通のピーマンも食べてないの?」。どうも、ピーマンはみんな辛いと思ってしまったらしい。「辛くないピーマンもあるんだよ。確認しないとダメだけどね」。たまに店の人に間違えられて辛いのが当たることもあるんだけど。

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モスク

 モスクは2時半まで!ということだったので、そこからすぐにメディナ(旧市街地」に入った。スーサのメディナも、テュニスのと同じく世界遺産に登録されている。ここがテュニスのものと違うのは、まだちゃんと城壁が残ってるってところだ。どこがメディナでそうでないか、ちゃんと一目で分かるのだ。

 モスクはどこだ?と目印になるミナレット(尖塔)を探したけれど見つからない。おかしーなと思ったら、目の前にある壁に「グラン・モスク」っていうプレートが掲げられてあった。例によって例のごとく、ブルギバスクールの学生証を見せて、入った。
 ・・・ら、ミナレットがない。凄い珍しいモスクだった。平べったいのだ。門をくぐれば広場があり、その前に礼拝堂がある。普通はそこにアザーン(礼拝の呼びかけ)を行うときのための尖塔があるのだ。その昔、ムアッジン(アザーンをする男)が尖塔に登って、そこから町中に声を張り上げていたのだ。なのに、それがない。代わりに、広場を囲む壁の一角に、見張り台のようなものが付いていて、そこにスピーカーがつけられていた。最近のモスクは地声でなく拡声器を使っているので、これは別に珍しいことじゃない。けど・・・。

モスク

 ふと気づけば、礼拝堂の手前から続く庇部分の枠に、延々コーランの文句が掘ってあった。「読めます?」と言われたけど、崩し文字は読みにくいし、大体これ、多少風化してるよーな。「あ、あれだったら・・」と近づいたのは、礼拝堂を正面に見る位置にあった。「アッラーのお陰・・」と読み出したが、続きが読めない。よくよく見たら、文字を区別する「点」が全てない、そういう書体(たしかクーフィー書体か何か)だった。これじゃあ私には読めないわーと思ったので、入り口に戻って、おっちゃんに読んでとお願いしてみた。「君たちアラビア語をやってるんだろう?」と言われたけど、「だって、点がなきゃ分からないんだもの!」。おっちゃんが読んでくれた内容は「アッラーのお陰で、テュニジア大統領のハビブ・ブルギバが1965年に造った」というようなものだった。そう言われると、ちゃんと「テュニジア」って文字も「大統領」も「ハビブ・ブルギバ」も、見て取れるのだった。うーん、むずかしぃ。比較的新しいから、ミナレットが必要なかったのかなー? あ、ちなみにハビブ・ブルギバは前大統領のことね。

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リバト

 そこを出て、次は近くにあるリバト(監視塔)に向かう。現在そこは美術館もどきになっていて、建物の2階がギャラリーと化していた。問題の監視塔はそこからまだ上に上る。つまり、建物の屋上に塔がある形になっているのだ。その建物も、真ん中に庭のある囲い型をしたものだ。

 塔の中へ一歩足を踏み入れる。細長い塔は、まるで筒だ。筒の真ん中の支えがやたらとごつくて、歩くスペースが少ない。それが延々ぐるぐる螺旋を描きながら、上へ上へと伸びている。しかも、この段がまた問題だ。同じリズムで続けばいいのに、段の高さが違ったり、斜めに傾いていたりして非常に不安定だ。軽くめまいを覚え、何度か足を滑らせそうになる。途中にいくつか小さな明かりとりがあるものの、その死角になったところでは、特に注意が必要だ。
 やっと上へたどり着くと、心地よい風が吹いてきた。安定したところに急に立ったので、足下がふらつく。壁にもたれかかって、一服した。一足先に来ていた友達二人は先に降りていったが、トイレ休憩をした後で上った私たち二人は、いくらなんでもすぐには降りられない。しばらく休憩していくことにした。
 ここからこうして見てみると、スーサのメディナも、テュニスのメディナとあまり変わらない気がする。丘の向こうの方にまた大きな建物が見え、建物がごみごみしていて、とてもじゃないがキレイとは言えない。ここがテュニスと違うのは、海の存在だ。東を見ればすぐそこに港があって、小さな船が停泊しているのだ。そして、夏に大勢の人でにぎわっていたビーチが続いている。私が前に来た5月でも、もうビーチは人でいっぱいだった。海風が気持ちいい。さっきまで暑かったのに、少し冷えた気がした。

 リバトを出て歩き出した私たちに、小さな男の子が寄ってきた。なにか言いながら小さな花を手渡そうとする。どうせ売り物だ。要らないと人差し指を左右に振って合図したが、何かもごもごと言ってそれを押しつけてきた。「なんだ、無料なのかな?」と思って放っておいたら、後からつけてきて「1ディナール」がどうと、またもごもご言っている。やっぱしお金取るんじゃないか。返すよと手渡すと、あっさり受け取った。はじめから渡さなきゃいいんだよ、まったく。もしくはちゃんと喋れ!

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スーク

 ぶらぶらとスーク(土産や実用品の市場)見学に出かけた。特に買いたい物もなかったので、ほんとに適当にぶらついていた。けど、店の人にとっては我々はいいカモなわけで、やたらとうるさい声がかけられる。

 どうでもいいけど、私はテュニジアにおいて英語で話しかけられるのが一番キライだ。大概は、その一言しか知らない奴ばかりだし、私はアラビア語を喋るものだから、どうせならアラビア語で話しかけてくれ!と、凄い理不尽なことを考えるのだ。普通、外国人にアラビア語で喋りかけて通じると思う奴はおらんと思うけど。ま、それでもたまにはそういう奇特な奴がいて、私を喜ばせてくれるのだけど。でも、私の英語嫌いに拍車を掛けたのは、きっとこのテュニジアでの生活が原因だと思うくらいには、そういう奴が多すぎて困る。

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ゲーム

 さて、勿論そこでも英語でなにやかやと言う人は多くて、私はいい加減うんざりしていた。と、そこへ店先に何か置いてあるのが目に入った。台に板を乗せただけの、自作の机だ。ゲーム用のテーブルらしく、麻雀の牌の大きいのか、もしくはドミノ板らしきものがいくつも乗っている。何気なく裏返してみて、「ああ、これは」と思った。やったことはなかったが、数字を合わせるゲームだった。ドミノ板の真ん中を線で区切り、その両方にサイコロの目が書いてある。白いままのものもある。「これ、どうやるんだっけ?」と思ってたら、持ち主が登場した。

 やたらと明るいおじさんは、はろー!とやって来た。私は英語を聞きたくなかったので、「これ何、どうやるの?」とテュニス方言で訊いた。その一言でおじさんの機嫌が良くなったらしいことはすぐに分かった。「キフェーシュ(どうやって)?」、よーしよしと頷いたおじさんは「まあ、ここへ座れ。教えてやる」と机の片方の席を示した。
 私の連れに「ごめーん」と心の中で思いながら、面白そうなので試してみることにした。けど、連れの方も楽しんでいる様子だったので良しとする。
 おじさんはまず、全部の札を裏返しにしてジャラジャラと混ぜはじめた。なんかほんとに麻雀みたいだ。「7つ取れ」というので、裏返しになったままのを7つ取る。残りを一列にして脇に並べた後、おじさんは手駒の中から一つを中央に置いた。それが5と4を持っていると、自分の札の中から5か4を持つ札を探し、中央に並べて置いていく。要はそれだけのゲームだ。手札の中に求める数字がなければ、脇に置いた札を端から一つずつ取っていき、数字が出るまでいくつも取らなければならない。そして、どちらかが先に手札を終了すると、相手は残りの札の数字を全部足して点数とする。この勝負を何回かして、点数が少ない方が勝ち、というわけだ。
 さて、第一回目、私は19点で負けた。悔しかったので、次を連れに譲る。けどそれも負け。

 「くやしー、きーっ!」とかやってると、スーク(市場)の真ん中なもので、珍しがって立ち止まる人もいる。人が立ち止まる度に、おじさんは自慢げに私たちを紹介する。「こいつらアラビア語喋るんだぜ・・」と。けど、あんまり外野がうるさくなってきたとき、おじさんは自ら彼らを追い払った。「バッラ・ルーフっ(あっち行け)!」そして意味が分からずにいる私たちに向かって「言ってやれ、言ってやれ、バッラ・ルーフって」とけしかける。よくよく聞いてみれば意味は分かるのだけど、テュニスでは「バッラ・イムシー」って言うから、一瞬何か分からなかった。他には「ヨーティーキ・ハーディス!(天罰を与えてやるよ)」(直訳すると、彼、つまり彼がお前に事故を与える)とかいう言葉を教えてもらった。
 そんな訳で、ゲーム以外にも我々は盛り上がっていた。

 結局4人が4人とも惨敗。一人は後一歩で勝てたのに、やっぱり札を知り尽くしている人には勝てなかった。ゲームの名前を聞いたら「ディミノー」って言われた。なんだ、ドミノって名前なのか。
 おじさんはまだやりたい姿勢だったけど、時間のこともあるし、博物館へ行くよと、そこでお別れをした。

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