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日帰り旅行〜スーサ後編〜


買い物

 博物館へ行ったら、3時からだと言われた。あとちょっとだったのでぶらぶら買い物でもして時間を潰すことにした。
 私に買う意志は全くなかったので、ぬくそーなテュニジアのマント(みたいなの)を見たりしたくらい。女物が焦げ茶色で、男物が黒って。えー?って感じだった。スーサの民族衣装(女物)は赤いチェックでかわいいと、以前友達が言ってたんだけど、それはどこで売ってたんだろう?

 連れがアクセサリーの方を見てたので、そっちの交渉を見物。「きみたちかわいいね(イントゥーマ・ザイジーン)」と方言で言われたのだけど、最初その意味が分からなかったので、彼はテュニス方言で言い直してくれた。「イントゥーマ・ムジヤーナ」。なんか今回こういうお勉強もしてる気がする・・・。けども交渉の方は高いしなかなか下がらないし、店の方も見てるだけの人を捕まえようとするし、今日はよっぽど暇らしい。でもそこそこの値段で買えたから、よかったね。

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民俗博物館

 博物館(クッバ博物館って名前)へ行って、例の如く学生証を提示すると、「学生は1ディナールね」と言われた。ビックリして「えー? タダじゃないのー?」って訊いたら、「1ディナール」ってあっさり言われた。私は1DT持ってたけど、他の人が小銭がなくて唸ってたら、受付のおにーちゃんも「いいや、君たち、タダで通っていいよ」って通してくれた。ラッキー♪ ありがとー、おにーさん。

 クッバというのは、アラビア語でドームのことを指す。まあるい天井が目印ってわけだ。2階へまず上がれと言われて上がると、チーンと合図の鐘が鳴って、ガイド役のお姉さんが出てきた。お姉さんは「ボンジュール」とまず言い「フランス語は出来る?」と訊いた。こっちは「うーん、ちょっと」と答える。今度は「英語は?」と言うから「まあまあね」と答えた。お姉さんは笑って、「私も英語はちょっとしか出来ないけど」と言って、英語でガイドを始めた。アラビア語は訊かれなかったので、こっちも何も言わなかった。

 2階にはいくつか部屋があって、その部屋ごとに人形が置いてある。最初の部屋は「結婚前」とかいう部屋で、女の人が支度をしていた。彼女が言うには1960年代の結婚の様子を表しているのだそうで、2階が女性の、1階が男性の説明なのだそうな。
 順番に部屋を見ていく。ヘンナ(アラブのタトゥーみたいなもの)を手足に施した人や、おめかしした人、豪勢な家具・・・。スーサのヘンナは水玉模様を手のひらと手の甲にたくさん描いていて、テュニスとの違いにビックリした。
 結婚前の支度から結婚式までをずーっと見たところで、部屋は途切れた。最後に固く閉じられたままの部屋が残っていて、彼女はそこで「私が思うに、ここは結婚初夜の部屋ね」と一言言った。へ? オチがついているとは、なかなか凄いぞ。

 1階へ下りてから、今度は男性の機織りとか(何で?)、オリーブオイル作成の図とか、帳簿付けとか、香水屋とか、散髪屋さんとか、観光客のいるカフェの図とかを見た。それで、これは1階は結婚式には関係ないのだと思った。でも女の人がいない。わからん。
 大体、彼女の英語、本人があんまり分からないと言うわけのことはあって、フランス語がかなり混ざってるのだ。で、ときどきさっぱり分からない。最後の方になると、文法が仏語に乗っ取られ、一部の単語だけ英語になってた。おやまあ。でも大体分かったからいいや。
 最後に受付までやって来て、サイン帳を書く段になって、彼女も受付の人から「こいつらアラビア語習ってるんだぞ」と聞かされてびっくりして、そこで初めて彼女は非常に分かりやすい方言を喋ってくれた。英語とフランス語が混ざったやつよりこっちのがよかったかも?! 感想を言うと、期待してた以上に面白い博物館だった。

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食糧

 それから次に、モザイクのある博物館を目指した。けどもその道は結構遠い。いろんなスークを通り抜けていく。

 香辛料のスークで、なんと生姜(しょうが)を発見した。生姜と言っても乾燥生姜で生じゃない。けどテュニスではとんとお目に掛からない代物なのだ。私が持ってるのだって、エジプトで買ってきたものなんだから。そのあとは、シナモンスティックを買ったり、松の実を見たり、それからマクルードを買ってみたり・・・。

 途中のレストラン兼ファストフード屋で、クレープ状の妙な物を見た。おじさんがクレープの鉄板で板をくるくる回転させながらまあるく伸ばしてるそれは、中にネギとかが刻んで入っている。色が薄くって、伸ばしてしばらくすると、ぷーっと膨らんでくる。なんだろ、なんだろ? 後ろの方には先に焼き上がったらしいそれが、いくつも積み重ねられていて、おじさんは焼き上がった方を一枚取って、それに薄く包丁を入れ、半分にする。平たいのが二つできあがったところで、切った断面にハリーサを塗る。サンドイッチだ! これは何て言うものだろう? そう思って訊いたら「タジンだよ」と言われた。タジン?! この薄っぺらいのがタジン? 卵焼きには見えない色だ。いや、もしかしたら卵焼きなんかじゃなくて、日本のお好み焼きみたいに小麦粉か何かが入ってるのかもしれない。「スーサではこのスタイルが普通なの?」って訊いたら、肯定された。へえぇ。なんにせよ、私は新しい発見をして大満足だった。

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機織

 そのあとカスバ通りというのを発見した、目的の博物館はカスバ博物館とかいう筈なので、「この道かも?」と思ってその辺の人に尋ねてみたら、「ここを真っ直ぐだ」と教えられた。
 なので、ずーっとまっすぐ行ったんだけども、なんか幅の広い段々を上っていき、民間住宅ばかりになり、観光客なんて一人もいないもので自信がなくなってきた。誰かに訊こうかなと思ったところへ、機織り機が目に飛び込んできた。

機織のおにーちゃんと。

 楽しい物発見!とばかり、その仕事場を覗くと、一人のおにーちゃん(おっちゃんだったかな?)が、機織り機の上で一生懸命ラジオを直していた。「こんにちはー」と挨拶すると、おにーちゃんは顔を上げて応えてくれる。「見せてもらってもいい?」って訊いたら、おにーちゃんラジオを置いて、張り切って仕事を始めた。「こうやるんだよ」って自慢げに手を動かす。杼がするすると機の上を滑っていく。私らがいた方が仕事するんだろうか?って思ったくらいだ。やっぱし男の人がやるんだなー。そういえば、カイラワーンでも糸巻きをしてる男の人を見たっけ。けど、絨毯は女の人がしてたんだよねぇ。「写真撮ってもいい?」交替交替に写真を撮りっこしたら、おにーちゃんは更に上機嫌になった。そりゃアラビア語(しかも方言)を喋る日本人なんて珍しかろう。んで「博物館はこっちでいいの?」って訊いたら、「ここをまーっすぐ行ったら城壁にぶつかるから、そしたら右だ。そんで◎◎があるから、そこを左に行ったらあるよ」とリアクション付きで教えてくれた。しかし、◎◎って何だろう。まあ、行けば分かるか。

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モザイク博物館

 まーっすぐ言われたとおりに突き進んで右折してしばらく行くと、メディナの外に出る門が出てきた。これを出て左ってことかなと思ったので、うまい具合にあったポリスで、道を訊いた。道を訊くときは最初に挨拶から始める。「こんにちはー」「こんにちは」「すみませんけど、博物館ってどっちですか」。私はしかめっ面したポリスのおっちゃんとかが、私の言葉を聞いて顔を崩すのを見るのが好きだ。私もちっちゃいとき、通りすがりの外国人に日本語で縄跳びを褒められたとき、すごく嬉しかったもんなーとか、そういうことを思う。顔を崩したポリスマンは便利なもので、まあポリスに限らないけど、エジプト旅行中とかも大変お世話になった。
 そういうことはまた今度話すとして、門を出て左折すると、右手の階段を上ったところに目的地を見つけた。

 今度の入り口では「マルハバン・ビクム(ようこそ皆さん)」と言われて、学生証で無料で通してもらった。ふふふ。
 テュニスのバルドー博物館で、いやというほど見たモザイクだけに、最初は「どこもあんまし変わらないなー」と思ってたけど、妙な「生首」を描いたモザイクを見つけたときはドキッとした。けども他には特筆するようなものもなかったかな。思ったよりも広かったのがびっくりしたかな。あと庭があってね、そこをちょいと上れば見晴らしは良かったな。テュニジアの家々の屋上には相変わらずゴミがいっぱいあったけど。

生首のモザイク
生首のモザイク

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帰路

 帰りは博物館前からタクシーを拾って「ルアージュ・ステーションまで」と言ったんだけど、乗ってみたら、歩いても近いくらいのとこに目的地があって、びっくりした。あれ? そんなに歩いてきたっけ?!「ごめんねー」と謝ってからタクシーを降りた。でも、断ってくれれば良かったのに、ありがとうね。

 帰りのルアージュは、高速を走る。有料高速道路だ。ちゃあんとあるのだ。まあ5DTも払わないだろうけど。ひたすらまーっすぐな道が続いてて、昼間に走ると脇の原っぱを羊が放牧されてたりして、妙な感じがする。んで、テュニスが最終地点なのだけど、どこで降りたのやらさっぱり分からなくて、自然に普通の道路へつながっている。

 ルアージュは、テュニスの駅からまだ少し南にあるムンセフ・ベイのステーションへ着く。私はみんなとそこで別れ、ひたすら歩いて北上し、ハビブ・ブルギバ通りまで行った。途中でブリックの皮を買ってみた。運良くバスがすぐに来たので、さっさと帰ることができた。
 なーんにせよ、疲れたんだもん。おいしくネギと卵だけのブリックを作って食べて、あーあ、幸せだ。

 ・・・ほんと、お疲れさまでした。また行こうね。

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