1999年11月30日
眠すぎてだめーぇ。8時から10時の授業中、半分死んでたよぉ。10時の休憩にカフェしないと、起きてくれない(泣)。ので、今日からもう少し早く寝ることにする! 授業時間が勿体ないもの!
3時にAちゃんと待ち合わせして映画を見に行くつもりだったのだけど、終わってしまったのかやってなかった。ので、メディナまでカセットテープを買いに行った。仏語のテープが欲しくて、セリーヌ・ディオンを買った。実は聴いたことなかったんだけど、いいなぁ。調子の悪かったテレコも最後まで動いてくれたし、いい感じ。
1999年11月29日
1時間目の授業が終わって、私はまだ寝ぼけてる頭を揺り起こしながら、次のテスト勉強をしていた。隣で頭を付き合わせてたアラブ人二人が不意に何か言ったような気がしたので顔を上げると、こっちを不思議そうに見ていた。「何て言ったか分かった?」とフランス語で訊かれたので、「Non」と答えたら、後ろから「正則アラビア語でないと分からないよ」との解説が飛んだ。つまり、彼女はパレスティナ方言で何か言ったわけだ。「でも分からないって言ったもの!」って彼女が主張する。ごめーん、聞いてなかっただけなんだけど・・・と言おうにも頭が重くて動かなかった。結局彼女は仏語と片言の正則アラビア語で私に質問し、私はちゃんと答えたが、「こいつはアラビア語でも喋らない」と思われたかもしれない。ががーーん。授業後なら元気に喋れるんだけどなー。
午後の授業後ファーティマに会った。「すんごくお腹空いてるのよ」と彼女が言う。「なんで?」「全く食べてないのよ」「なんで?」「断食中だから」「ええ? まだラマダーンじゃないでしょ」と言った後で気が付いた。確か、ラマダーンの15日くらい前に仮ラマダーンみたいなのがあって、体を慣らすために一回するって話を聞いたことがある。そしたら彼女は「今日は七日前なのよ」と言った。モーリタニアでは七日前にするのか、それとも2週間前と1週間前にするものなのか、はて・・・。
1999年11月28日
昨日から延々降ってる雨が止まない。まあどうせ家から出ないけど、洗濯物の乾きが悪いじゃないか! 今家に干してるやつって、2日前に洗ったやつよ・・?
今日こそは宿題を仕上げ、ついでに昨日アップした仏語のページの文法チェックをした。
今日もシリア人から電話が! なんでシリア人かというと、シリア方言が出てるからなのだ。今日は「ジャミーラはいるか? え? いない? じゃあファーティマは? ムハンマドは?」っていうやつだった。夜に掛かってきたやつはもっとひどくて「昨日電話かけたやつだよ。お前昨日俺とすれ違ったとき、むちゃくちゃ急いで走ってたろう?」。昨日私は外出してないってば! しかも早口のテュニジア方言で「分かったか、いいか」とかしつこいし。せっかくの日曜日の平穏を・・・
1999年11月27日
本日は朝からPCに囓りつきで、しかも辞書と睨めっこしながら、ずーっとフランス語サイトを作るべく格闘してた。出来はともかく、間違いがかなりあること請け合いだけど、とりあえず何ページかは出来た。おかげで単語がかなり増えて、訳のペースも速くなり、私的には「ほくほく」。やめられませんなぁ。
1999年11月26日
金曜日は真面目にフランス語を勉強するのだけど、今日はHPに仏語のページを作ろうと思って、PCと睨めっこしていた。最近HPにはまってるから、こうしたら楽しく勉強するだろうと思ったのだ。そしたら最初から、まだ習ってない仮定や未来の用法が出てきてひぃひぃいってしまった。
補習校へ行ったら新しくテュニジアへ来た人たちが見学に来ていて、もしかしたら今度中2の国語も見なくちゃいけなくなる。小1と中2を一緒に見るなんて! 何でも講師の数が4人と決められているのだとか。同じ学年なら問題ないけど、これはちょっとなぁ。小1の相手は気疲れするし(気分屋だから)、中2のレベルは古典や漢文もあって、こっちの勉強が大変だ。
1999年11月25日
今日の午前の授業はほとんど筆記。「世界の有名人をとりあげてその人を形容し、それを読み上げて他の人に当ててもらう」とか、「ゴッホとピカソの描いた肖像画を見てその人を形容する」とか。姿態と性格の形容詞の勉強だったんだけど。
会話の授業の最後は、アラブ人のための「p」と「b」の発音の区別の時間があって、イタリア人とインドネシア人と日本人は暇だった。私も「v」とかの発音やってほしいなー。
家に帰ろうとバスを待っていたら、モーリタニア人のファーティマに会った。彼女は前の仏語のクラスの人で、午後は英語を勉強している。この間会ったときは確かにアラビア語だけで会話してたのに、今日は彼女の方からフランス語だったので、アラビア語を使ったら何か浮いてしまった。いい勉強だから仏語で会話したけど、前より格段に彼女のレベルが上がってる気がした。訊いたら、なんでもモーリタニア人のための仏語会話の授業があるのだそうだ。途中で分からない単語とかはアラビア語が混ざり、奇妙だったけど楽しかった。
1999年11月24日
今日はレジデンス価格でチケットを買うのを諦めて、それならエールフランスで行ってやる!と思い、直接エールフランスの支店に行った。そしたら、レジデンスじゃなかったら外貨で払えと言われ!、私はかなりムカついた。なんでやねん! テュニジアディナールの何があかんねん!
で、前にも行ったことのある旅行会社へ顔を出した。いきなりアラビア語で「どうぞ」と言われ、ちょっとびっくりした。さっきエールフランスへ行ったときは仏語で話したので、まだ頭が(正確に言うと外国語担当の部分が)仏語モードだったのだ。私は行きをテュニスエア、帰りをエールフランスに指定した。彼は私を覚えてたらしく、普通は歳とかレジデンスかとかを訊くのに、値段を訊いたときも私に何も尋ねない。これはレジデンス価格で買えたかも! しまった、エールフランス指定しちゃったよ・・・と思ったけど、とりあえず恐る恐る値段を訊いてみた。「205DT」って言われた。一瞬目がテン。そうか、その場買いの割引適応してくれてるわけだ。で、私は今思いだしたかのように「あ、今レジデンスカード持ってない」と言った。彼はいともあっさり「んー? 問題ないよ」と言ってくれた。こうして、私は当初の予定より安く、そして当初はテュニスエア一本だったのにも拘わらずエールフランスのチケットも手に入れることが出来たのだった。だもんで、やっぱアラブはコネだなーとしみじみ思った。
1999年11月23日
授業中ちょっと辛かったので、映画の約束をキャセルして家に帰る。チケットを買いに行くのも明日にした。
家に帰って昼食を煮込んでたら、大家がやって来た。久々だと思ったら、しばらく実家に帰ってたんだそうな。お母様がご病気だとか。それで、また土産にナツメヤシを頂いた。
いいかげん中国米を待ちきれなくて、なんでもいい!と思って米を買いに行ったら「今ない、明日」と言われた。ほんとに明日入るのかなーあ?
1999年11月22日
今日はバスの中がすごく寒かった。メトロと違って吊革がないからポールを掴むんだけど、それがどれだけ持っててもぬくくならなくて、私の体温ばっかり奪っていくんだもん。
午前の授業と2時からの授業の間にチケットを買いに行った。レジデンスだからって言ってうまく買えそうだったのに、4時にチケットを取りに行ったら、コピーが要るんだって言われた。きっとあのおじさんもおばちゃんに何か言われたに違いない。男の人だけだったら甘いのになー。仕方ないから買うのやめたけど、もしなかったら50DT上乗せして外国人価格で買わないと駄目だ。でも50DT! たかだか5000円弱だけど、これだけあったら1ヶ月の食費が出る(外食せずに)!と考えたら、とてもじゃないけど出せないよ。あー、どうしよう。
1999年11月21日
本日休息日。ぼちぼち宿題して、洗濯片づけて、お掃除。ぽかぽかのお天気だったから、カーテン開けてベッドも日光浴。
1999年11月20日
今日はメディナ初心者の友達らを連れて、メディナ(旧市街)へ行った。平日と違って観光客はいつもより多いので、観光の中心部は平日にしてもらうことにして、マイナーどころを見ることにした。去年メディナに住んでた私は、「テュニスにいる日本人で私ほどメディナを知ってる者はいないだろう」と自負してるので、マイナーどころを回る方が好きなのだ。
メディナの中の博物館へ行ったとき、ドイツからの日本人観光客に会って、彼の予定もほぼないようなものだったので一緒に回ることにした。シェシア(というテュニスのトルコ帽)のスーク(市場)に行って作り方をみたり、絨毯織りの現場へ行ったり、テラスに上ってみたり、羊の頭を売ってる市場を見たり、おいしいパウンドケーキや揚げパンを食べたり、結構盛りだくさんで疲れた。目的のルバーンの強烈な方もきっちり買ったし、みんなで顔をしかめて味見した。最後、5つ星ホテルのカフェでお茶して話し込んでたんだけど、目の前にバスがやってきたものだから挨拶もそこそこに去ってきちゃった(ーー;;; 彼には大変失礼をしました。けどあれを逃すと一時間待ちなんだものー(って言い訳)。
1999年11月19日
今朝は6時15分起き。友達らと待ち合わせをしてテュニス近郊の町ナーブルへ。金曜市が午前中だけあるので、前から行こう行こうと言ってたのだ。あんまり買う気はなかったけど、陶器の皿とマグカップを同じ柄で購入。テュニジアの勲章みたいなやつがモチーフで結構かわいい。あとはハンドメイドの刺繍が施されたシャツを一枚と、小物。あー、出費出費。
1999年11月18日
気が付けば二度寝していて7時半だった。うわーん、1時間寝過ごした?! 朝御飯も食べずに15分で支度し、メトロまで走って8時10分。なんとか授業に出れた。よかったよぉ。昨日あれだけ寝たのに、まだ疲れてるというか。
オーラルの授業後、一旦家に帰る。雨がちょっと降って、寒かった。三味線のコンサート?があるので、それに間に合うようにまた家を出る。
海外でやるときってやっぱり紹介だから、すごく分かりやすいプログラム組むんだねぇ。退屈するかなと思ったのに、全然! 久々に日本の味をかみしめ、大満足。太鼓まで入ったときには祭りの雰囲気が味わえたし、三味線で「シャンゼリーゼ」とか「トロイカ」とか聴かせてもらったし(口ずさむテュニジア人もいた)。最後に花束贈呈があって、「花束のお礼に、皆さんに日本の踊りを教えしようと思います」って、舞台上で観客呼んで「踊る阿呆に見る阿呆」とかやりだすもんだから、私的には大爆笑物だった。ああ、カメラ持ってたら、あのテュニジア人の踊りを収めたかったわ。
1999年11月17日
今日は授業後にTくんの家でフランスの地球の歩き方を借りた後、すぐに家に帰った。久々に近所のパン工房でパンを買い、ブリックを作って写真を撮った。
3時前にこれまた久々に昼寝をしたら、なんと起きたのは9時半だった! 今日の予定がー!! 今日は明日の予習と復習に燃えようと思っていたし、HP用のエッセイも書こうと思ってたのに、仕方ないから明日にしよう。
晩御飯はRadiateurというパスタを使った。あおたけ型のパスタでひだがたくさん付いている。きっとたっぷりのソースと絡めたらおいしいに違いないが、今日は時間がないので単なる炒め物。
1999年11月16日
授業後後輩とレバノン料理の店に行った。久々に食べるとおいしい。彼はレバノン料理も、アラブの平パンも初めてだったそうで、かなり満足してた。テュニジア料理に比べたらちょっと高めだけど、たまにはね。
そのあとお金を下ろしに行って(今レートが良くて1DTが88円ほど)、テュニスエアに行って、値段を訊いてきた。レジデンス価格で、マルセイユまで往復212DTちょい。ノンレジデンスで260ほどになる。何としてもレジデンスで買わないといけないな、これは。
考えたんだけど、2000年問題もあることだし、お金の余裕もないことだし、国外旅行は年内に済ませて、余った休みを国内旅行に使おうかな。サハラフェスティバルとかを見に行ってもいいし、ゆったりバスタブに浸かりながら南部の方言調査、なんていうのもいいかもしれない。
1999年11月15日
朝御飯がなくて、朝緑茶を飲む。珍しく茶柱が立ってた。学校へ着いてからデニッシュを買う。レジのおっちゃんが勘定間違えたんでちょっと安かった。茶柱のおかげ?
お昼にハリーサ入りのサンドイッチを買う。ちょっとって言ったのに、結構入ってて辛かった。そのあと市場に買い物行ったんだけど、私が鼻をすすったのを見て、店のおっちゃんが「風邪か。ならオリーブがいいぞ。オリーブ油を飲むのもいい」って言ってくれた。「違う違う、さっきハリーサ食べたんだよ」って言ったら、今度は「そういうときはトマトがいいぞ。ちょっと待ってろ」と言って店のトマトを一つ掴むと、それをどこかで洗って持ってきた。「辛いときはこれが一番だ」と言うので、ありがたく頂戴した。そこのトマトはなかなかのお味だった。
オーラルのフランス語の授業は、また人数が増えた。前のクラスでやたらと足を引っ張ってた彼も登場。けど、先生にやたら鍛えられたみたいで、そんなに悪くなかった。先生、すごい!
今日は発音の区別が難しい早口言葉みたいなのを何回もやった。先生が使ってたテキストが欲しくて訊いたら、テュニジアには売ってないと言われた。うーん、今度の休み、フランスまで買いに行くってのもいいかもな。まだ行き先決まってないし。
1999年11月14日
朝から勉強する予定だったけど、あまりにくたびれてて二度寝が昼まで。しかも食糧尽きてるし、日曜は近所はお休みだから出る気もないし、残り物で何とか食いつなぐ。
宿題を何とか済ませたけど、やる気がないね。いやだいやだ。明日のテストはもう、ぶっつけ本番。なんとかなるでしょ。
1999年11月13日
本日は朝5時に起きて、エルジェムとスーサに行ってきた。とっても面白かったので、これはエッセイか何かで書くことにしよう。
→→→日帰り旅行
8時に帰ってきて、ミートソースパスタとブリックを食べた。初めて作ったけど、ブリックってやっぱすんごく簡単でおいしい。
1999年11月12日
今朝9時頃、また変な電話で起こされた。寝てたのにうざいから「どこ出身だ?」とか訊かれてそのまま切ったら、延々何度も間隔をおいて鳴り続ける。一回受話器を取ってそのまま机の上に置いといたけど、彼の「アロー」とかバックの曲などが流れてた。一体いつ諦めたんだろう。こういうときアラブ人ってすんごい暇だよね。
補習校へ行った。今日の読み物が哀しいお話なので「嫌い、読みたくない」とNちゃんに言われ、凄く困った。こんなことなら最後まで通しで読むんじゃなかった。。。算数がしたいと言うので、次回からすることになりそうだ。
1999年11月11日
ばかばかばかーっ。昨日何のために休んだのやら。今日の発表のために今日休めないからだったのに、肝心のレポートを忘れていった私。うー、気合い入れて作り直しますわ、先生。だって、皆様のに比べて余りにお粗末なんですもの、およよ・・。
午後の会話の授業、いきなり3人から10人に増えて、喋る機会が減った。なんかかなしぃ。しかも間違えても喋りまくるイタリア人のおじさまが登場し、やりにくいったらありゃしない。けど、午前中のクラスにまだ馴染めない私には、前のクラスの人が何人か来てくれたので、心が和んでいいわぁ。彼らとならアラビア語でも仏語でも喋れるんだけどなぁ。うーん。
今日の晩、前の大家から電話が掛かってきた。お隣が知らせたらしい(親戚だから)。んで、言うには「電話代が残ってるのよ!」。だってそれは、他の分と立て替えてあるのよ!って主張したら、なんかよく分からんなかったけど、「机がない!」と言われた。そんなん知らん!
1999年11月10日
どうしようかと思ったけど、今日は家で寝てることにした。明日は発表があるから絶対休めないし。で、私はベッドの中でPC叩く・・・
1999年11月9日
一昨日は風邪は引きはじめが肝心とか言って寝てて日記を書かず、昨日は「引きはじめ」にも拘わらずネットで小説読むのに夢中になって書かず、今日もまだ風邪をぐずつかせている。
さて、今日のニュースはなんといっても「久々にお昼寝した」でしょうかね。きもちよーく寝てたら、窓にカーテン閉めてなかったので(差し込む陽射しで洗濯物乾かしてたから)庭をフェディと歩いてた大家に「病気かー?」と起こされた。病気と思ったら寝かせるのが普通とちゃうんか??
1999年11月6日
昨日遅くまでインターネットで検索していたので、朝は遅く起きた。検索というのは、「自分の都市について書きなさい、写真があったら尚良し」という宿題のせいだ。「観光ガイド」のようにまとめるには何が必要かと、写真をHDに落として印刷した。朝からそれらをまとめて仏語で文章を付けたが、台紙にするような紙がなかったので、張り付けてポスターにするのは諦めた。
テコンドーのデモンストレーションを見に行った。元クラスメイトと一緒になり、帰りは途中まで一緒に歩いた。一緒に住んでると言う、インドネシア人とイエメン人二人だった。彼らがアラビア語で話しかけてくるので、アラビア語で話した。インドネシア人が「アラビア語話すの?」と驚いて言うと、イエメン人が「こいつ話せないんだよー」と言い、アラビア語で「お馬鹿さーん」とからかった。なんかそういうほのぼのした空気が久しぶりだった。クラスでは仏語しか喋らないぞと思っていたから、ほとんどクラスの人たちと喋らなかったのだった。今クラスが変わってしまったけど、また会ったらアラビア語で話しかけてみよう。せっかくアラビア語が分かるのに、話をするチャンスを積んでしまうことはない。
食事中、テレビの画像が余計に悪くなったなと思ったら、やっぱり雨だった。明日の朝は晴れてるといいけど。
1999年11月5日
朝、大家のヌールが外から名前を呼ぶので、「ウィ!」と勢いよく返事をして出ていったら、びっくりした顔で「フランス語で喋るのか?」と言われた。ついでに家賃を払うと言おう思ったが、まず仏語が頭に浮かんだ。けどアラビア語で会話してたので、それをアラビア語で口にした。が、「午後に」と言ったあと続きの単語が出てこなくなった。仏語で用意した頭が、アラビア語を返してくれないのだ。それでしばらくアラビア語の単語を求めてうーうー唸っていたが、結局フランス語で言った。そのあとアラビア語と仏語の混ざった、いかにもテュニジア人的な会話をした。
3時前に大家の家に家賃を払いに行った。ヌールが、「金曜だから礼拝にモスクまで行くんだが、その間フェディを見ててくれないか」というので、快く承知した。ヌールが金曜の礼拝に行くなんて言うから、びっくりしたのだ。テュニジアでは、真面目に金曜の礼拝をする人が他のアラブに比べて少ないので、敬虔なムスリムを見ると驚く。ラマダーンの時ですら、断食をしない人が多いんだから・・・
今日の夕飯に、パスタの海老あんかけのアレンジを作った。ゆで上がったパスタを味見したら、かびが生えていたかと思うほど不味かった。原因が判明し私は必死に歯を磨いたが、それでも黙々と口に詰め込む以外に手はなかった。あな恐るべし、ルバーン!
1999年11月4日
今日はいい加減キレた。このままだと12月が終わっても全然授業は進んでないだろう。それで、先生に訊いてみた。「次のクラスは今どこをやっているのか」と。そしたら何と、そのクラスの内容も私が仏文化センターでやったところだった。ので、即クラスを変更した。初級クラスでみっちり発音をたたき込んでいるし、仏文化センターで文法をやっているから、1年生の上級クラスの人たちに、なんとかついて行けるだろう。
新しいクラスはスピーディだった。しばらくこのスピードに慣れるのに時間が掛かるだろう。ほとんどの人がかなりのスピードで淀みなく喋る。先生は冗談まで交えながら喋る。ところどころ何を言っているのか分からない。早く喋れるようにならなけりゃ、彼らの足を引っ張ることになってしまう。先生が授業後に分かったか訊いてくれたとき、「なんとか。それよりうまく喋れないんです」と言ったら、「みんな、彼女といっぱい話してやってね。分かるんだけど喋れないそうだから鍛えてやって」みたいなことを言って下さった。えーと、今日もらった宿題すら、実は満足に理解してないんですけど・・・。ダメだ、単語力鍛えなきゃ。
オーラルの授業中、雨が降った。先生は「雨だわ。よかったこと」と一言言った。その雨は10分ほどで止んだが、5時頃からザアザア雨が降り、私の洗濯物は水を吸いすぎてぼとぼとになってしまった。
1999年11月3日
今日の授業もまた発音で注意される人が多発。みんなで笑ったのがインドネシア人・トルキーの「ルージュ」の発音だ。彼は「ジュ」が言えずに「ズ」になるので「ルーズ」と言ってしまうのだけど、それはテュニ語で言えば「米」のことなのだ。で、彼が「それは赤い」と言っても、アラブ人やテュニ語を知る人だらけのクラスでは「それは米だ」と聞いてしまうので、ついついみんな笑いがこみ上げてきて笑ってしまった。アラブでなかったら誰も笑わないんだろうけどねー。
午後の方言の授業を受けるかどうか迷ったのだが、結局2時から出ることにした。始まってすぐに日本人が顔を出した。彼はフスハのクラスを探していて、流暢なテュニ語で先生に尋ねた。どっかで見た顔だと思ったら、T先輩だった。彼はテュニジア留学経験があって、今はテュニスの旅行会社勤務なのだ。テュニ語がペラペラだと聞いていたけど、こんなに喋るとは思わなかった。先生もすっかり驚いていて「彼はテュニジア人ね、ほんとに」と言い、我々日本人に向かって、ほんとに同じ日本人なの?という目をした。彼の「サマフーニー(皆さんすみませんでした)」の言い方が、それはもうテュニ人ぽくって、なんかすっごく格好良かったのだ。それで私は「やっぱし方言の授業も受けよう」と決めてしまった。月曜の授業は受けられないから半分しか元を取れないけど、月・木の6時半からはキツイし面白くないので、水曜だけ受けることに決めてしまった(お金払わなきゃ)。
1999年11月2日
朝学校へ行ったら、入り口でクラスメイトの韓国人・金貞花に会った。なにやら今週土曜日に、韓国主催のテコンドーのデモンストレーションがあるらしく、みんなに宣伝して回ってるそうだ。無料だというし、見たことないものだから、行くことにした。土曜日もまた楽しみだ。
クラスで貞花が同じパンフを配ったとき、トルコ人・ハニーフェが、「私は黒帯もってるのよ」と言った。ちょっとびっくりしてしまった。ああ、トルコ人の黒帯・・・。いや、ほんとにテコンドーのか、空手のかはわかんなかったけど。
会員証が欲しいというAちゃんに付き合って、授業後、メディナ(旧市街)の中にあるユース・ホステルに行った。私はメディナの中を大体歩けるけど、彼女はほとんど知らないし、ユースは分かりにくいところにあるので、初心者がそう簡単に行けるとは思えない。観光客であそこを利用する人は一体どうやってたどり着いているんだろう?? 途中で、楽器を制作してるおじさんに会った。ウードやカーヌーンといったアラブ音楽には欠かせない楽器が並んでいた。彼が一人で作ってるそうで、ここでも人手不足?なんて考えてしまった。
1999年11月1日
朝の授業後、フランス語の主任の先生のところへ行った。そしてマダムに「今日、オーラルの授業は始まるんですか」って訊いたら、すんごく嬉しそうに「Oui!」って言われた。
2時前に指定された教室で待っていたけど誰も来なくて、先生が来たときは私一人だった。先生に「一人なんですか」って訊く前に「あと二人来るから待ってね」と言われた。けど、一人しか来なかった。まあいい。とにかく授業は、私とパレスティナ人の二人で始められた。完璧な少人数なもので、喋る喋る。下手でもなんでも喋る。マダムが質問し、私が彼に返し、彼がマダムに話す。私は日本の説明をしろと言われて、あたふたしながら数少ない語彙でもって説明した。ダメだ、単語を増やさなくちゃとまた思う。授業の終わりに先生が「次から何について話したい?」と訊いた。とりあえず日常的なことがいい! 通りや家でするような会話。次の授業がひどく楽しみだ。
で、方言の授業を6時半からのに変更しようかと、試しに出てみた。ところが、ビジネスマンばっかりで、しかもアラビア語を知らない人たちばっかりなもので、最後に「文字のお勉強」のコーナーがある。これははっきりいって、方言だけを習う人のためのものだ。だもので、アラビア語を知ってる人たちは、「それくらい知ってるよー」とひどく退屈そうだった。2時からのクラスの方なら、そういう手間が要らないから、「フスハ(正則アラビア語)ならこうだけど」ってコメントをつければ理解できるのにね。それに、昼寝もしないで朝から8時半までというのは、かなり苦しかった。どうしようかな、方言の授業・・・